高校最後のインターハイ予選から剣道を続けようかやめてほかのことをしようか、ずいぶん迷いましたが、やはり剣道は捨てきれず、正式に剣道部に入部しました。
高校剣道部からの同級生、松田君が私に、
「宮崎やったら、国立の剣道部くらい、最初からレギュラーになれるぞ。」
そんなことをいうので、なんとなくそんなものかなあ・・・? などと思っていました。
初めて体育館へ稽古に行くと、同級生はびっくりするほど大勢いました。
たぶん、初心者経験者あわせて、30名以上いたように思います。
卒業するときに、短い期間でもいた同期の数を拾い出したところ、50人以上だったと記憶しています。
しかし、卒業時まで部に残ったのは17名。およそ三分の一しか残りませんでした。
「自信のあるものだけ上級生とはじめから面を付けて稽古をしても良い。」
といわれ、私を含め5名ほど上級生に混じって稽古しました。
稽古の内容は特別しんどい・えらいという稽古ではなく、準備体操の後、切り返しから基本技の稽古、応じ技の稽古を40分ほど、地稽古を約30分、掛かり稽古を10分、切り返しのオーソドックスなものでした。時間にして、1時間30分きっかりの稽古でした。
基本からやり直し組は、稽古着・袴姿ですり足、踏み込み足、素振りをただひたすらやっていました。基本組の方が、足にまめが出来てつぶれるもの、素振りで手がボロボロになるもの続出で、面着け組よりもかわいそうな状態でした。
高校までの練習で足の皮がむけたり、手のまめが出来たりするほどやっていなかったものがほとんどだったので、足の手当の仕方や、まめが出来にくい竹刀の持ち方、振り方を話題に同級生同士で飲めないお酒を飲んで語り合いました。
稽古の中で、上級生から新歓コンパ・新歓合宿の話題が出るようになりました。
なかでも、二年生が一番楽しそうにしていました。
なんでかな?
わたしたちにはわかるはずもなく、ただ土曜の新歓コンパを待ちました。
そして、新歓コンパ。
なぜ楽しそうにしていたのかわかりました。
正確に言うと別に楽しそうにしていたわけではなく、一つの通過点として、親元を離れた子にびっくりするような経験を積ませる意義のようなものを感じていたのかもしれません。
経験のない私たちに取っては、新歓コンパの席は一種の戦場であり、修羅場でした。
大学に入ったばかりの一年生に酒の強いものがいるはずもなく、さっきの稽古までの先輩とは違う豹変ぶりに翻弄され、圧倒されるばかりでした。
「まあ飲めや。」
手にしたコップに次から次からいろんな先輩がビールを注ぎに現れます。
とてもかわいくて可憐な、医療技術短大の先輩も、にこにこしながら、
「はい、宮崎君全部飲んで。」
などと、コップを空にするよう促しています。
ビールを胃に流し込んではトイレに行って吐き、それの繰り返しを延々続けていました。
次第に、同級生達の屍があちこちに転がり始めました。
わたしは、ビールを流し込んではトイレにいって吐きのペースを守って、最後まで倒れることなく新歓コンパから生還した、数限りない戦死のひとりでした。
途中きつかったのは、誰かひとりの先輩が持ち込んだ「泡盛」。これをどんぶりに注がれ一気飲みしたときは、胃がひっくり返りそうになりました。まず、口を付けた瞬間、「泡盛」独特の香ばしい香りが嘔吐中枢を刺激し、「これはやばい。」ビールとは訳が違うと感じましたが、時既に遅し、食堂を焼きながら一気に胃まで薄い褐色の液体が落ちていきました。
そして、胃の壁を一気に焼き尽くすかのように火炎放射しました。すぐにトイレへ駆け込みました。危うく便器の外に粗相をするところをかろうじてこらえ、胃の中のすべての褐色の液体を出し尽くしました。
水を飲んでもう一度吐き、胃の中を清めました。
そして再び戦場へと帰っていったのです。
剣道部が新歓コンパで使う会場のお店は、大抵その日以降出入り禁止になるので、記憶がおぼろなことと相まって、どこが会場だったのかその後もわかりませんでした。
後から聞いた話ですが、二年生はすべての一年生をつぶした後(女子はのぞく)、下宿まで送り届ける手はずだったようです。
このとき私たち一年生は私を含め生き残ったものが3名いたそうです。
私はほぼ記憶が飛んでいるので直接わかりませんが、私以外は、今でも年に一回くらいは一緒に飲む機会のある吉玉拓生君と、千葉で医者をやっている山本直敬君が生き残ったそうです。
今年の一年はすごいのがいるぞ。そんなことをいわれたそうです。
私や直敬君は今ではおとなしく紳士的に飲んでいますが、吉玉君だけは今でも中国人やミャンマー人、韓国人を相手に気合いを入れてのんでいるそうです。
なぜか、気持ちのどこかに酒が強くなると剣道も強くなるとか、酒だけは先輩に負けないとか、酒に強いとかっこいいとか、だから酒に強くなりたいという願望ができて、毎日酒の掛かり稽古をしなければという気持ちで酒を飲んでいたような気がします。