剣道 最近の自分の稽古3 絶対に下がらないこと

剣道 最近の自分の稽古3 絶対に下がらないこと

 

最初にお断りします。
これからこのブログにに書いていくことは、剣道を学ぶ上で正しいことではないかもしれません。
今までに色々書かれた剣道の指導書の内容を否定するものでもありません。

一人の剣道愛好家が自分を実験台にして、試行錯誤して得た過程に過ぎません。
もう何年かすれば、違うことを言っているかもしれません。
ですから、あえて結果ではなく過程なのです。

そんな程度のことだと思って読み飛ばしてください。
でも、「結構これ良いかも」、なんて思ってくださったら幸せです。

 

こんな方にはお勧めです。

大人になってから剣道を始められたかた。
中年の剣道愛好家のかた。
女性の剣道愛好家のかた。
五十肩の剣道愛好家のかた。
膝が痛い剣道愛好家のかた。
体力に自信がないけど剣道をやりたい、やっているかた。
永く剣道をやりたいかた。
今の自分の剣道に行き詰まっているかた。

これからこまめに書いていく予定です。

 

 

2,絶対に下がらないこと

何年前だったでしょうか。

もう忘れてしまったくらいです。
たぶん、六段を受ける少し前でしょうか。
三十代半ばを過ぎた頃だと思います。

自分の剣道を考えたとき、どうやれば今以上に進歩できるのか?

「剣道で、これから何をやれば良いのか?」

五段を受ける前、三十代に入ったばかりでした。
ふくらはぎの断裂を二度経験しました。

はじめは、剣道の稽古中でした。
名城大学で大学時代の恩師との稽古でした。
久しぶりに先生と稽古ができることが嬉しくて、良いところを見せたくて、
張り切りすぎていたかもしれません。
五段受験に向けての稽古に、真剣に取り組んでいた頃です。

当時の私の剣道は左脚に力をため、いつでも出端面に跳び込めるようにしていました。
ですから、稽古が終わると左ふくらはぎがパンパンに張っていました。

もう少しで稽古時間が終わるという頃、最後に先生と地稽古をしていたとき、
先生の面の出端に面を打った瞬間でした。
後ろからふくらはぎを棒か何かで叩かれたような感じがありました。
思わず後ろを振り返りながらすり抜けようとしましたが、左ふくらはぎに違和感があり、
体重をかけることができませんでした。

痛みはそれほどないのですが、体重がかけられない。
そんな感じでした。
時間がたつにつれ痛みも増し、腫れてきてだんだんふくらはぎが太くなっていくようでした。
その日は杖の代わりに、先生の自転車にまたがり、飲み歩いきました。
案の定、翌日になっても痛みは引きませんでした。

月曜になって病院を受診すると、筋肉の断裂(肉離れのひどい症状)の診断。
圧迫包帯で固定して運動はしないようにとのこと。
当然稽古はできません。
仕事は朝から晩までパソコンの前で図面を引く仕事だったので、
それほど影響はありませんでした。
しかし、頑張って目指していた五段審査は見送りとなりました。

ご丁寧なことに、そろそろ圧迫包帯をやめても良いといわれたころです。
ほんの1cmほどの段差につまずいて左足で支えたところ、おなじ箇所をもう一度断裂してしまいました。

2度目は用心に用心を重ね、稽古を再開したいのも我慢しました。
意識的にタンパク質を摂取し筋トレに励み、もうコレなら絶対大丈夫と確信が持てるまで待ちました。

しかし、今まで通りの剣道では何度も同じことが起こるということが頭にありました。
「筋力に頼った、瞬発力を使った剣道はもうできない。」
この頃は、左膝をまげ、ためた状態を造り、いつでも爆発的なダッシュができるようにしていました。

剣道についてたまたま読んだものの中に、「骨で支える」と書いてありました。
いつも、稽古が終わると両ふくらはぎがパンパンに張っていましたので、一度やってみようと思い、再開した稽古で試してみました。

打つときは、左膝を伸ばしたまま、じわっと足の裏で床を押し、左のおしりを前に送り出しつつ、右のつま先を出していく。
そういう剣道です。

確かに以前の稽古に比べ、ふくらはぎに負担はかかりません。
ただし、面打ちの感覚が全く違うので、しばらく慣れが必要だと思いました。
結果的に今でもこの体の使い方の延長で剣道をやっています。
さて、
「絶対に下がらないこと」
というのは、実は変えた打ち方では「下がれない」のです。
ですから、「絶対に下がらない」と決めました。

左膝の裏を伸ばし(膕ひかがみを伸ばす)、すらっと立ちます。
この時、左膝を完全にピンピンに伸ばしきるのではなく、ほんの少し余裕を持たせます。

しかし、左膝を曲げて蹴り出すためにためる形にして、かかとを割と大きめに上げて準備する人が多いので、はじめはピンピンに伸ばすぐらいの感覚の方が良いかもしれません。
なれてきたら膕を伸ばすのですが、少し余裕を持たせます。

左のかかとは1~2cm床から離すようにします。
左足一本で体重を支え、床を押して腰を進めて行くには、これくらいでないと持ちません。
ですから、俗に言う「左足が遊んでいる」という形にはなりようがありません。
右膝には余裕を持たせます。

後にも出てきますが、左足で間合いを盗み、右足で攻めるということをやろうと思うと、後ろに下がることは出来ません。
なぜなら、左足一本で立ち、右足を進めることで攻めるからです。
右足を床に着いていれば下がることが出来ますが、浮いているので前にしか出られないのです。

この剣道をやるに当たり、決心が必要でした。

自分は道場で教えてはいますが、俗に言う剣道のプロとしての修行は積んでいません。
教員や警察官になって剣道でメシを食っていくというつもりはありませんでした。
ですから、仕事と両立させて剣道を楽しむのが私のスタイルです。
このスタイルで教員や警察官などと対等以上にやろうとすれば、剣道の質を高めるしかありません。

剣道の質とは何でしょうか?
剣道の質の向上は、自分の目指す剣道にこだわることだと私は定義します。
俗にいう「良い剣道」とはなにか?
それにつきます。

それでは私にとっての「良い剣道」って何だろう?
一般論ではありません。
あくまでも、私にとっての「良い剣道」でいいのです。
それを目指します。

子供の頃から、先生方に言われてきた剣道についてのことを色々思い出して考えました。
そして、自分のやりたくないことはどんどん削っていくことにしました。
やりたくないことの練習はしない。
そうすれば、剣道の稽古に使える時間を有効にできる。
決めました。

やりたくないことは、
1,タコ踊り
今が盛りの「三所隠し」です。
中学校の試合では反則になっていますが、その反則をとれない審判が多いのです。
自分が普段の稽古でやっていることは反則にとれませんよね。
高校生や大学生、一般の試合では当然ですが、反則にはなりません。
コレをはやらせた有名選手が八段になったことも有り、
八段戦でも目にすることが出来ます。
私はとても恥ずかしい。

2,避けるだけ
「剣道には避けるだけの技はないんだぞ。」
と教わってきました。
自分が打ったら全て一本にする。
また、相手が打ってきたら全て応じて一本にする。
と決めていますので、コレもあり得ません。

3,下がること
そもそも、出たり下がったり駆け引きを使うことをやめました。
出るのか下がるのか自分で決められない状況を悩んで練習するより、
「前に出るだけ」
と決めた方が、ただそれだけの練習をするだけなので、
何度も何度も有効に時間をかけることが出来ます。
ですから、下がることはやめました。

これが、三大やりたくないことになります。

剣道 最近の自分の稽古2 すらっと立つ

剣道 最近の自分の稽古 2 すらっと立つ

 

最初にお断りします。
これからこのブログにに書いていくことは、剣道を学ぶ上で正しいことではないかもしれません。
今までに色々書かれた剣道の指導書の内容を否定するものでもありません。

一人の剣道愛好家が自分を実験台にして、試行錯誤して得た過程に過ぎません。
もう何年かすれば、違うことを言っているかもしれません。
ですから、あえて結果ではなく過程なのです。

そんな程度のことだと思って読み飛ばしてください。
でも、「結構これ良いかも」、なんて思ってくださったら幸せです。

 

こんな方にはお勧めです。

大人になってから剣道を始められたかた。
中年の剣道愛好家のかた。
女性の剣道愛好家のかた。
五十肩の剣道愛好家のかた。
膝が痛い剣道愛好家のかた。
体力に自信がないけど剣道をやりたい、やっているかた。
永く剣道をやりたいかた。
今の自分の剣道に行き詰まっているかた。

これからこまめに書いていく予定です。

 

1,すらっと立つこと

これだけ見ると、
「なんのこっちゃ」
と思われるでしょう。
丹田に力を入れ、おしりの穴をきゅっと締め、
左足は道場の床に根が生えたようなイメージで立つ。
というような、構えについての表現を読んで、自分でもやろうとしたことがあります。

全部ではなくて、
丹田に力を入れるとか、
おしりの穴を締めるというのは聞いたことがあると思います。

 

いろいろな表現で構えについて書かれているものがありますが、
自分としては、体を上手く使うにはどうしたらいいのだろう。

そんなところから考え始めました。
相手を遠山の目付で観て、相手の動きに対して自由に動こうと思ったら、
力を入れていたら動けないと思いました。
力を入れていたら、一回力を抜かなければ動けない。

力を入れるということは、方向があります。
どちらかの方向に力を入れるわけです。
しかし静止している。
筋肉に力を入れながら逆の力も加え動かないように打ち消して、構えているわけです。

「立つ」という体の使い方は、重力に対しての反発力で立っています。
力を入れていないようでも、両足には体重を支える力が働いています。
そうやってバランスをとって静止しています。

「丹田に力を入れる」
へその下を意識するくらいのことではないでしょうか?
本当に力を入れてしまったら、動くためには緩めなくていけないような気がします。

おしりの穴もそんなに意識していなくても、
普通にしまっていれば良いような気がします。
なにより、感じるのは、力を入れるということは
「かっこわるい」
ような気がします。

済みません、イメージで。
私が武道に対して持っているイメージなのですが、
筋力・腕力・脚力・力を入れてのスピード、渾身の力、
そういった体の使い方とは違った、体の別の理屈を使うのではないかと思います。

相手との、ほんのちょっとの時間の差を作る。
相手の意識していないところの動き(虚)を誘い出して、実で打つ。
相手の「剛の技」に対して、「柔の技」で捌く。
いくつかの関節が連動して動くときの、関節角度の逃げや、たわみ等、
そういったものを使っていくのが武道としての剣道じゃないかと思います。

素手で行う武道では、
どんなきれい事をいっても体格差が圧倒的にものをいいます。
剣道では道具を使うぶん、体格差は克服できる範囲になります。

力に頼らない、スピードに頼らない、体格に頼らないそんな剣道がしたいと思います。

話は回り道しましたが、何を言いたいかというと、
こんなことを剣道で表現したいのです。

それは、
力を入れず強い打ちができる。
力を入れずスピードが出る。
つまり、
筋力・瞬発力がなくてもスピードがでる。
力を入れなくても、大きな力が相手に伝わる。
相手の反応が遅くなる。つまり、相手が気付くのが一瞬遅れる。
そんなことを目指したいなと。

その第一弾としての、
1,すらっと立つこと
です。

すらっと立つことは、全く力が入っていないわけではありません。
先ほども書いたように、重力に耐え、体重を支えています。
十分力は入っています。
それを忘れて(力を抜いた状態で)、たとえ背が低くても、自分はすらっと立っている。
そうイメージしたいです。

「重力」はだれにでも均等にかかっている力です。
体重の重い人ほどたくさんかかっているような気がしますが、それは無視してください。

下に向かって動くときの、重力による加速度は同じです。

自分の持っている重力によるエネルギー(位置エネルギー)を意識したいのです。
背の高いやつの方が有利じゃないか?
そういう誰かとの比較を考えません。
自分には位置エネルギーが有るということだけ考えます。
そこに働く重力は同じで、しかも下向きに働く力は重力しかありません。
どんなに頭上の空間を手で押しても下に落ちるスピードはかわりません。

すごい筋肉隆々の力持ちや、稽古を子供の頃からバリバリやった警察の猛者の人たちは、
そんな重力のような、だれでも平等に持っている力なんかには頼りません。
鍛え上げた筋力と瞬発力を使います。
なぜなら、そこの勝負であれば私たちに負けるわけがないからです。

ですからこそ、我々のチャンスです。
そう考えましょう。
私たちには平等に重力があります。
ですから力を抜いて、すらっと立ちます。

そして、その姿にこそ位置エネルギーが満ちあふれていると信じましょう。

まずは、ここまでです。

剣道 最近の自分の稽古1 剣道とは

剣道 最近の自分の稽古1 剣道とは

 

永く剣道をやってきましたが、

最近の稽古で、以前なかなか打たせてもらえなかった先生方に、自分でもいいところが打てたかなと感じることが多くなってきました。

 

稽古している内容が身についてきた結果、自分の理想の剣道に近付いているのかなと感じています。

 

普段の稽古で気をつけていることは、面・小手・胴それぞれについて書いてみると以下のようになります。

「突き」が入っていないのは、私にとって「突き」は攻めの手段で、打突部位だという意識がほとんどないからです。

唯一、相手が気を抜いて突きががら空きの時、片手で突くことはありますが、攻め入ってそのまま諸手突きという技は私にはありません。

背が低く腕も短い私が諸手で突くことは非常に危険で、今までとれる技だと思えなかったからかもしれません。

 

さて、面を一本打つまでには、

1,すらっと立つこと

2,絶対に下がらないこと

3,必ず自分から先をとって攻めること

4,左足で間を盗み、右足で攻めること

5,左足をしっかり踏み、右足から動くこと

6,右足を滑らせ入り、ぎりぎりまで手の動きを我慢すること

7,打つときにはまず左手を落とすこと

8,打ったとき左手は鳩尾の前に、右手は親指が相手の突きを突くように指ぱっちんをすること

9,当たっても外れても(避けられても)打ち切ること

 

小手の場合は

7までは同じで、

8,打ったとき左手は構えの位置、右手は落として指ぱっちんをすること

9,同じ

 

胴の場合

7までは同じ

8,相手の変化によりまっすぐ出した右足を右に方向を変えること

9,竹刀を持っていることは忘れ、5cmのカッターナイフで相手のへそを切るイメージを持つこと

10,打ったとき左手は右手に付くように滑らせへその前(左肘から手首付近まで胴に密着させるつもりで)に、右手も肘を胴に密着させ強く落とすこと

11,そのまま足で抜くこと

12,面も小手も同じなのですが、特に胴は相手から目を離さぬよう振り返って構えること

 

こんなことを心がけています。

 

面も小手も胴も、7までは同じなのは理由があります。

気持ちとしてはどんなときも、面を打つんだというつもりで攻めています。

正確には、相手に機会を捉えさせ出端面を打たせるために前に出ます。

 

つまり、相手にこちらの起こりを捉えさせ出端面を打たせ、その出端面に対しこちらが出端面を打つ、ということです。

気持ちの中に打ってやろうという気持ちがあると相手に伝わり、避けられたり逃げられたりしますので、できるだけ気持ちは穏やかに、機械的に打たれに出る方が相手は反応して打ってくれるようです。

 

理屈としては、

相手が動かなければ自分は打てません。

相手を動かすには相手がいただきっと思って打てる機会を作ってやれば、相手は動きます。

こちらから打たれに出たのですから、こちらが作ったタイミングです。

ですから、そこで打てばいいのですから、こちらが打てます。

 

理屈としてはこういうことです。

が、そんな簡単にできません。

私も相当の時間が掛かりました。

 

けれども、

道場の高校生で一番速い面を打つ男の子には大丈夫です。

大学生はあまり稽古をする機会がないのすが、以前ある大学のポイントゲッターで、得意技は出端面ですという方と稽古をしたときは、上手くできました。

スピードだけの勝負ではないので、こつはあります。
もう少し深い理屈もあります。

もっと年をとると分かりませんが、今のところ理屈通りに体は動いてくれています。

 

以前は稽古が終わると、左ふくらはぎがパンパンに張っていましたが、今は全くなくなりました。

間合いも以前よりも遠くから面が打てるようになりました。

 

つくづく剣道は理屈だなあと思います。

 

昔、お年を召された先生にお稽古を頂戴したとき、なすすべもなくやられたのは、こういう技を使われたのだろうかと想像しています。

 

私が今、師と仰ぐ先生は、腕力勝負でない、スピード勝負でない、だましあいでない、求めていた剣道をされます。

 

はじめて稽古をお願いしたのは40代後半でした。

以前からお名前は存じ上げていましたが、お稽古を頂戴する機会がなかったのです。

 

訳の分からない感じの面を頂戴しました。

何本も打たれました。

 

そこから、今まで自分がやってきた剣道はいったい何だったのだろう?

という疑問が生まれました。

 

試行錯誤しながら色々試し、何度も先生に稽古をお願いしました。

「まだまだ。」

「僕とやったときはいいけど、○○さんとやるとまた当てっこになったね。」

 

 

先日稽古をお願いしたとき、

はじめ、私が打った面を二本、胴に返されました。

その後、手元を動かすのをもっと我慢していったら先生が小手を、その小手を擦り上げて面が決まりました。

先ほどと同じようにぎりぎりまで我慢して面に行きましたら、先生が胴を返すために手元が上がるのが分かり、思わず小手を打っていました。

さらに同じくギリギリまで突きを攻めて入ったところで今度は竹刀を表から押さえられました。
左拳を落とし押さえられた竹刀を上にかわして面が入りました。

「参った。」

稽古の後で、

「今日ははじめの返し胴の時、面をまっすぐ打ち切っていた。それが良かった。他の人とやっている所も見ていたが、とても良かった。」

といってもらえました。

 

何よりうれしいお言葉でした。

 

私の場合の、剣道の基本をこれから何回かに分けて書いていこうと思います。